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高松高等裁判所 昭和43年(く)21号 決定 1968年11月11日

少年 K・N(昭二七・九・一三生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、記録に綴つてある附添人徳弘寿男作成名義の抗告申立書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第一抗告理由第一点、審判手続の法令違反の主張について

所論は、原審判手続には、少年法二二条一項、少年審判規則三五条一、二項、三六条違反があるというのであるが、原審の審判調書によると、所論の審判期日に、附添人も立会の上、慎重懇切な審判が行なわれ、非行事実についても、少年の理解力を考慮し十分な弁解が聴取せられているものと認められるので、原審判には、少年法二二条違反はなく、また原決定には、非行事実、罰条が明示せられており、審判の告知後直ちに抗告申立書が提出されているところよりすると、原決定に影響を及ぼす法令違反は認められない。論旨は理由がない。

第二抗告理由第二点の一、事実誤認の主張について

所論は、要するに、本件各犯行につき、少年に強姦の犯意はなかつたというのであるが、記録を精査すると、少年は、知能も低く、年齢も一五歳ではあるが、中学時代、数回、女児の陰部に自分の陰茎を押しあてる等のわいせつ行為をしている外、母子相姦の経験があり、性交行為を知つていたと認められるところよりすると、少年が、司法警察員に対し、「インコをしてやろう」と思つたと述べていることは、姦淫の意思を表明するものであり、(審判廷においても、その旨自認している)その手段として、原判示の如き各暴行に及んでいるのであるから、強姦未遂と認定したのは相当である。論旨は理由がない。

第三抗告理由第二点の二、処分不当の主張について

所論は、要するに、本件少年に対する処遇は、保護観察処分により実効が期待できるものであり、敢て医療少年院に送致するのは、著しく不当な処分であるというのである。

よつて、記録を精査するに、原決定が情状ならびに措置として詳細に説示しているとおり、少年に対する処遇としては医療少年院送致は止むを得ず、知能が低いとはいえ、義務教育を終つている少年が、日常の基礎的な生活習慣さえ身についていないと認められる(鑑別結果参照)ことは、学校及び家庭における教育が不十分であつて、社会適応性に著しく欠ぐる証左であると解せられるので、今の時期において、少年に対し、医療少年院における紀律ある生活のもとに重症魯鈍者に適応する生活の陶冶、良習慣の養成を目的とする生活訓練、教科の補習、職業の補導、医療等矯正教育を受けさせる必要性が痛感せられる。所論の諸事情を十分考慮しても、在宅保護は相当でなく論旨は採用できない。少年の父、叔母等の少年に対する真の愛情、保護、監督の熱意が、在院中の少年に対する激励、退院後の受入れ等につき、その真価を発揮するよう期待するものである。

よつて、少年法三三条一項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小川豪 裁判官 越智伝 裁判官 小林宣雄)

参考

抗告の理由

第一点決定に影響を及ぼす法令違反の主張

本件決定は法二二条第一項、規則三五条一項、二項、同三六条、後段に違反する審判のもとになされた。

即ち、本件の審判は昭和四三年一〇月八日午後一時三〇分開廷し送致書記載の犯罪事実を裁判官においてよみあげ「この事実に間違いないか」と尋問し、少年が「間違いありません」と答えたことに始まつた。しかしながら、少年は智能が極めて低く心理学的類型では痴愚に属する精神薄弱で(○口○三調書四項)、裁判官が送致書記載の事実を読みあげても、かかる少年にその意味を理解さすことは殆んど不可能であろう。少年は養護学校中学部を卒業したとはいえ、わずかに自己の氏名をひらがなで、かろうじて記載できる程度である(附添人選任の少年の署印参照)。従つて、本件の少年ごときに接する場合は法二二条一項の趣旨を活かすに非ざれば「審判の席は最も重要な治療の場であり少年及び関係人に保護方針を納得させ、努力と協力とを促す場である。」との趣旨は没却される。

質問を許された附添人が少年に「強姦とはどういうことか知っているか」を尋ね、少年が「わからん」と答えている事実によつても明白なごとく、理解しえない送致書記載の事実をそのまま尋ね、それを肯定した事実をもつて直ちに犯意明白なりということはできない。

ともあれ、審判手続は審問的形態ではあつても、少年を取調の客体に過ぎないとする糺問主義とは異質のものであり、少年法二二条一項とはおよそ縁遠い糺問主義的審判のもとになされた本件決定は同法三二条前段の違反があるといわざるをえない。

これらの事実は、裁判官が保護処分の決定言渡時において、決定の理由を簡単につげ、主文を告知したのみで、規則三五条二項の告知を欠き、同三六条の事実に適用すべき法令を示すべきであるにかかわらず、なんら示すことなく閉廷した事実に象徴される。

閉廷後附添人は保護者に対し、直ちに規則三五条一、二項を説明した。そして本件抗告をするものであるが、もし弁護士たる附添人不在であるとすれば抗告権の告知がなかつた本件の如き場合は、無知な保護者からは実質的な抗告権を奪うことになる。裁判官に猛省を促がさざるをえない。

第二点本件決定は重大な事実の誤認又は処分の著しい不当がある。

(一) 本件少年が相手方の反抗を抑圧するに足る暴行又は脅迫を加えて姦淫行為をしようとしたと故意を肯定すべき証拠はない。それらは被告人の体格、知能、行為からして、充分伺えるところである。即ち被告人が「やろう」という男女性交の言葉を直ちに強姦の故意と認定するのは重大な事実誤認である。

(二) 本少年は中学時代わいせつ行為で学校の先生より取調べを受けた事実はあるが、警察で厄介になつたのは今回が始めてであり、しかも、被害者からの告訴はない(非告訴の旨送致書記載)。この被害者からの告訴がない理由は、本件、少年の行為が暴行又は脅迫があつたとするには余りにも幼稚なものだつたからである。

○田○子に対しては「僕もズボンのバンドをはずしチンチを出しましたが女の子は“しない”と言いながら泣きだしたので押えていた手をはなすと云々」とあり、○田同書も略同様の記載があつて、小さい女の子が泣き出しただけで行為を中止し、又○添○子に対しては、姦淫の着手があつたと認めるべき事実はなく同女が簡単に振り払つただけで、そのまま本少年は別れ、しかも同女とその母親との前でケーキを買つて食しており、母親から注意を受け、さらに○脇恵○子に対しても、押し倒したのみで、同人が「どうしてK・Nさんが私に乱暴したか判りません」と供述しているごとく、姦淫行為の着手とみられるべき行為はないし、又「傷はしておらず、取られた物もありません」との供述よりして本少年の行為は客観的には単純暴行に過ぎない。

裁判官は送致書記載の犯罪事実は明白であると言渡をされ、前叙のごとく適条の告知がないので刑法一七七条、一七九条を適用されるのか同法一七八条、一七九条を適用されたか全く不明であるが送致書記載の三件がいずれも認定できるとされたのが前者とすれば明白かつ重大な事実誤認である。

(三) 本件少年を保護処分に付するに当つて、最も重要なことは少年が土佐山田ブロック工業○森弥○郎に雇傭され、かつ同人方における勤務が極めて真面目で勤労の意欲のあることである。調査官も意見陳述においてこの事実は明言されたところである。

およそ非行少年、虞犯少年の非行性を象徴するメルクマールとして、(一)保護者の正当な監督に服しない性癖、(二)家庭によりつかず出勤常ならない(三)交友関係等があげられる(法三条)ところ本少年の出勤状況は良好で家庭によりつかないという事実も全くない。要するに知能の低さに加えて同級生から見せられたわい本に、性交の興味を覚え、極めて単純幼稚にこれを実行せんとしたが、比較的長期の身柄拘束を受けてここに始めて少年は事の重大さを認識するに至つた次第である。

(四) 而して少年の両親はもちろんのこと、使用者たる前記○森弥○郎、少年の叔母N・H子他親族一同が少年を補導の下に更生さすことを一致して誓つているのである。少くとも現在では少年自身も深く反省して更生を誓つており、少年の性格素質面において性的興味に対する抑制力に多少欠如した以外にその更生をはばむ特段の障碍はなく却つて現に有する更生の熱情を適切に善導するときは、優にその更生を実現することを期待できる。

もちろん、医療少年院送致も一応考えられる節がないとまで抗告人は断言するものではない。しかしながら、少年の保護更生は自力更生の機会を与えることを無視すべきではなく、少年のみならず、少年の保護者、親族、使用者等が少年の補導、訓育に慈愛をこめ全力を傾注する覚悟を新にしている本件においては、一定の保護観察に服し、反省、自重、自力更生せしめることこそ、この際少年保護のための最善適切な措置と認められる。

要するに前叙の諸事実を総合判断するとき、少年に前歴がなく、かつ実害もなく、少年に現に勤労の意欲と場所があり始めての身柄拘束を受けて反省悔悟しているにかかわらず、たんに社会防衛的見地から医療少年院へいきなり送致するは結局において処分において著しい不当があるといわざるをえない。

よつて原決定を取消し、申立の趣旨のとおりの裁判を求める。

参照 昭和二六年 四月一九日 高松高裁決定 家裁月報三巻五号三四頁

〃 二七年 二月二六日 福岡高裁決定 家裁月報五巻九号三〇頁

〃 三二年 六月一一日 高松高裁決定 家裁月報九巻六号五〇頁

〃 三二年 九月 三日 仙台高裁決定 家裁月報一〇巻一号七二頁

〃 三四年 三月三〇日 東京高裁決定 家裁月報一一巻四号一四六頁

〃 三四年一二月二五日 広島高裁決定 家裁月報一二巻五号一七八頁

〃 三五年 三月二九日 高松高裁決定 家裁月報一二巻五号一九六頁

〃 三五年 七月一五日 東京高裁決定 家裁月報一二巻一〇号一七〇頁

〃 三六年 二月一三日 東京高裁決定 家裁月報一三巻七号一三一頁

以上

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